
つぶやきです
自分の幸せを諦めた人は、心のどこかで「誰かが自分と同じように不幸であれば救われる」と思ってしまうのかもしれない。
意地悪な気持ちじゃなくて、ただ、心のバランスを取るために。
誰かの幸せや挑戦に、素直に拍手を送れなくなる。
「どうせ裏があるんでしょ。うまくいくはずがない」と考えて、他人の不幸を期待する。自分があきらめたことが正しかった、という証明のために。
他人との比較はしないに限る。本当の幸せを遠ざけるだけ。
他人の不幸を願うのではなく、もう一度、「自分の幸せを諦めない」と決めてみる。
大きなことじゃなくていい。
好きなことを一つやってみる。
心の声に正直になってみる。
自分が機嫌良くいられる環境を探す。
そんな小さな一歩が、負の感情を静かに消してくれる。
出産してから、私は少しずつ、いろんなことを「仕方ない」と思うようになった。
「子育てに協力してくれる父母が近くに住んでいたら、私の働き方だってもっと変わってた」
「やりたいことがあっても、旦那が協力してくれないから無理」
他人と比べては、自分の環境を恨んだりした。
母親になったから仕事100%じゃだめだとか、もう歳だから、今さらこんな仕事はできないとか、そうやって自分に言い訳してきた。本当はぜんぜん諦めらめきれてないのに。
最近ようやく、「やりたいことがあるのに、あきらめるのはもったいないよな」と思えるようになった。
もちろん、「自分のことは後回しでいい。子どもが幸せなら十分」と心から納得しているなら、それも素晴らしいこと。
だけど、自分が幸せになることをあきらめたまま、他人に「子どもがいるのに」とか「もういい歳なのに」なんて言ってしまうのは、違うと思う。
誰かを否定して得られる優越感はほんの一瞬の満足感でしかなく、意味のないもの。
自分の人生をちゃんと見つめて、小さくても前に進むほうが、きっと心豊かに生きられる。
コメント