黒田のパーソナルトレーニングを受けるようになって、二か月が過ぎた。
週に一度。予約が取れれば、二度。
最初は、ぎっくり腰の治療で通い始めた整骨院だった。
そこには、トレーニングジムのような器具も揃っていた。
オーナーの黒田は、施術とトレーナーの二足のわらじで、毎日忙しそうだった。
最初は筋肉痛がつらかったが、だんだん軽くなっていった。
体重は、まったく減らなかった。
アラフォーで、もともと少しずつ増えていた体だ。
それでも、運動をすると、気分がよかった。
夜勤のある仕事で、寝つけない日も多かったが、黒田のトレーニングのあとは、よく眠れた。
少しずつ、本当に少しずつ、黒田との会話が増えた。
料理が好きなこと。
少し潔癖なこと。
三十七歳で、私と同い年で、本人いわく、独身だった。
その頃、世界中で、感染症のニュースが流れていた。
やがて緊急事態宣言が出て、黒田の整骨院も、しばらく休業することになった。
その日、私は夜勤明けだった。
黒田は、来週から休業になります、と言った。
二人とも、マスクをつけていた。
「そうなんですね。残念です。でも、仕方ないですよね」
「……来ていいですよ。どうせ僕は、毎日来てトレーニングしているので」
「え?」
店の中は、静かだった。
機械の音も、人の声もしない。
黒田のマスクの上の、目だけが、こちらを見ていた。
「藤崎さんの都合のいい日で。何時でもいいです。合わせます」
どうしてそこまでしてくれるんだろう、と思った。
でもすぐに、常連さんにはみんな、こう言っているのかもしれない、と考えた。
私だけが特別なわけがない。
勘違いするな。
そう、頭の中でくり返した。
それでも、「いいんですか、すごく嬉しいです」と、素直に伝えた。
そして、四日後の十一時に予約した。
外に出ると、街は静かだった。
みんなが、家にこもっていた。


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