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第4話 枠 | 人生全力伏線回収

第4話 枠

不倫と呼ぶには

整骨院に通わなくなって、ひと月近くが過ぎていた。
腰は、もう痛くなかった。

家にいるあいだ、私はだいたい一人だった。
昨年、夫の不倫が発覚してから、夫は子どもたちにやけに優しくなった。
宿題をしていなくても、夜更かしをしても、何も言わない。
小言を言うのは、いつも私のほうだ。

歯は磨いたの。
明日の支度は。
——そう言うたびに、子どもたちの体は、自然と夫のほうへ傾いていく。

子どもたちはまだ小学生だ。
気づいていない。
気づかないまま、父親を選んでいる。

夫にとって、私の順番はいつもいちばん後ろだった。
義母や兄弟のほうが、私より上だ。
口に出されなくても、そういうことは伝わる。

夜になると、子どもたちは二階へ上がる。
夫も一緒に、二階で寝る。
私は一階の和室で、一人で布団を敷いた。
夫や子どもたちのいびきが聞こえないぶん、よく眠れた。

夜勤は、年々こたえるようになっていた。
三十七歳。
若いころは、明けてもそのまま夕方まで動けた。

今は、仮眠の取れなかった朝は、体の芯が重い。
腰はもう痛くない。
それなのに、もっと奥のほうが固まったまま、ほどけなかった。

不意に、黒田の声がよみがえった。
「体は、動かしておいたほうがいいですよ」
施術の合間に、そんなことを言っていた。
筋トレも見られますから、と。あのときは、ただうなずいただけだった。

体力をつけたい。

そう自分に言い聞かせて、私はスマホで予約のページを開いた。
ページは、ほとんど埋まっていた。
平日の昼も、夕方も、土日も。
空きを示す欄は、どこにもなかった。

あの人の院は、いつも混んでいる。
そうだった、と思い出した。

私はページを閉じかけた。
それから、メッセージの画面を開いた。
ひと月前のやり取りが、そのまま残っている。
最後の一通は、私の「ありがとうございました」だった。

少し迷って、書いた。
「体力をつけたいので、もし空いている枠があれば、トレーニングを受けたいと思っています」
送ってから、急に恥ずかしくなった。

返事は、思ったより早かった。
「来週の火曜、十一時なら空けられます」

空いています、ではなかった。
空けられます、だった。
そのときの私は、何も思わなかった。
ただ、よかった、と思っただけだ。

火曜の十一時。
夜勤明けの、翌日だった。

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