第8話 フォロー

不倫と呼ぶには

緊急事態宣言中、仕事が休みの日や夜勤明けの日に、私は黒田の整骨院に通った。
その間に、黒田とだいぶ仲良くなった。と思う。
会話が、増えた。

いつもなら、トレーニングが二十分から三十分、そのあとストレッチが十五分。終わるとすぐに帰った。次の予約が詰まっているのを知っていたからだ。
多い日は休憩なしで、一日に十五人みる、と黒田は言った。1日仕事が休みの日なんて、ほとんどないらしい。



でも今は、世の中のほとんどのお店が休業中だった。
街から人が消えたまま。
整骨院に来ているのは「藤崎さんだけです」と、黒田は言った。嘘か本当かは、わからない。



寡黙で無愛想な人だと思っていたら、違った。
真顔のまま冗談を言う人だった。
最初は気づかなくて、一拍おいてから笑った。
一度笑い出すと、止まらなくなった。



——私はもともと、よく笑うほうだった。
そのことを、久しぶりに思い出した。



整骨院にいる間、家のことは頭になかった。



私はたぶん、黒田に惹かれていた。
そういう感情ではない、と思うことにした。



その日、ストレッチのあとで、黒田がインスタグラムを見せてくれた。
プライベートのアカウントだという。



美しい、料理の写真が並んでいた。
すべて手作りとのことだった。
ソースが皿の縁に丁寧に引いてある。付け合わせの位置まで揃っている。
料理をしない私にも、皿と盛りつけにこだわっているのがわかった。



部屋の写真もあった。
床に、ものが一つもなかった。
我が家とは大違いだ、と思った。



写っているのは、料理と部屋だけだった。
人は、一人も写っていなかった。
一人暮らしだからだろう、と思った。



「すごく、きれいなお家ですね」
「一人なので。子どもがいたら、こうはいきませんよね」



「実家ですか。それともアパート?」
聞いてから、踏み込みすぎただろうかと思った。
黒田はさらりと答えた。
「一軒家です。買いました」



「買ったんですか」
「古いのを買って、リノベーションして」
「ご家族と住んでるんですか」
「一人です」
「……離婚したとか?」

「違います」



黒田は手元を片づけていた。顔は上げなかった。
それ以上、何も言わなかった。



同い年で、一人で、一軒家を買って、結婚したことがない。
頭の中で、うまくつながらなかった。
けれど本人が言うのだから、そうなのだろう。
信じることにした。



「インスタ、フォローしてもいいですか」
「ぜひ」



その場で、フォローを押した。



家に帰ると、二階から子どもたちの声がした。
一階で、スマートフォンを開いた。
黒田からも、フォローが返ってきていた。



私のアカウントには、何年も前の写真が数枚あるだけだった。



もう一度、彼の部屋の写真を開いた。
床には、やっぱり何もなかった。

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